先取り組とゆっくり組、2030年の教室

「英検準1級以上を持っていれば、高校の英語の授業が免除される」
昨年の秋から今年の春にかけて、何度かそういったニュースが報じられ、そのたびに SNS がザワつきました。称賛よりも、違和感を表明する声のほうが大きかったでしょうか。
当時はまだまだ検討段階という位置づけであり、正直なところ、どこか遠い話のように受け止めていた人も多かったのではないかと思います。
しかし、次期学習指導要領の改訂に向けたスケジュールは、2026年度中に中央教育審議会として答申が取りまとめられ、その後、学習指導要領の改訂へ進む流れが示されています。
実は、もうすぐそこまで迫っているのです。
「柔軟化」が意味するもの
2030年に向けた今回の改訂、最大のポイントは「教育課程の柔軟化」だと私は考えています。カリキュラムを地域や学校の実情に応じて変えられるようにしよう、という考え方です。
その背景にあるのは、現在の教室の実相。
ものすごく乱暴に今の小中学校を表現すると、クラスのなかに、不登校や不登校傾向の子が5人、発達面での特性がある子が3人、家庭で日本語を話さない子が1人、そして家庭の学習環境などの影響もあって、学習についていくのが難しい子が12~15人ほどいます。一方で、突出した才能を持つ子もクラスに1人くらいはいる計算です。
これだけ多様な子どもたちに対し、全国一律のカリキュラムを同じペースで授業展開するのは、もう限界に近い、という声が現場からも上がっていて、それが今回の改訂を動かす大きな力になっています。
そこで、習熟度別指導などからさらに一歩進み、
各教科等の標準授業時数を一定範囲で調整できるようにする
1時間あたりの授業時間を柔軟に変えられるようにする
こうした仕組みを整えることで、各学校・地域が必要に応じて学習をカスタマイズできるようにしましょう、というのが次期学習指導要領の基本的な方向性となっています。
ここまでが、小中学校の話。
この先にある、高校の話となると、もう少し影響が大きそうです。
高校カリキュラムの大改革
高校入学時点で、外部試験により高い英語力が認められれば、必修科目が免除される。そして、その時間を使って、より発展的な内容の授業を受けたり、上の学年の授業に先取り参加したりできるようにする。できる子には、それに見合った挑戦を。
冒頭にも挙げた「柔軟化」は、ここでは必修科目の免除・振替という、より踏み込んだかたちで導入されようとしています。
高校ではこれまで、入学者選抜や、学科・コースによる振り分けによって、ある程度は学力層がそろえられてきました。そのため、小中学校のように、同じ教室内の大きな学力差を前提とした習熟度別指導は、必ずしも議論の中心には置かれてきませんでした。
それが、入学時点の、外部試験の結果によって、同一学校の同一学科・コース内でカリキュラムそのものがわかれる仕組みが導入されようとしているのです。
さらに注目すべきは、英語だけでなく数学でも同じような動きがある点です。
高校入学時点で数学検定の2級を持っていれば、数学Ⅰの授業を免除しましょうという考えが審議の場で示されたといいます。その場では出席委員から批判的な意見もあったようなので、まだ決定に至ったわけではありませんが、「一定の学力が認められれば必修を免除する」という方向性そのものは、数学においても実装される流れにあります。
プレッシャーの所在
気になるのは、このような制度が「先取り組に入らなければ」という新たなプレッシャーとして機能しないか、という点です。
高校入学前に英検準1級を、数学なら2級を——。そうした目標が、中学生のうちから生徒の内側から生まれるモチベーションではなく、ノルマのように押し付けられる。そんな可能性とリスクを感じます。
とくに影響を受けるのが、もともと中学受験や高校受験で相当のエネルギーを使ってきた学力優秀層で、さらに高校入学時点での資格という新たなハードルが加われば、ハードな学習の早期化と長期化につながります。心身への影響が心配になるのは、考えすぎではないでしょう。
そしてもう一つ。格差の問題です。
本来、教育課程の柔軟化によって実現される個別最適な学びとは、一人ひとりの状況に応じて学び方や進度を調整し、それぞれの可能性を広げるためのものです。しかし、この仕組みが、子どもたちの間にある差を、より明確に序列化し、そのまま固定化してしまう方向に働く可能性もあります。
現行の2020年学習指導要領が目指していたものは、言うなれば、別の評価軸をつくる試みでした。
探究学習によって、知識の量や処理の速さだけでは測れない力に光を当てる。その出口として総合型選抜や学校推薦型選抜を拡大し、テストの点数だけでは見えにくい資質や経験、問いを立てる力を評価していく。
しかし、2030年の改訂は、それとは少し違う動きに見えます。多様な学びを認めるはずの柔軟化が、結果として「どれだけ早く進めるか」「どの段階で資格を取っているか」という、お勉強の土俵の中での序列をさらに細かく刻んでいく可能性があります。
理念としての、個別最適な学び(=教育課程の柔軟化)は正しい。でも、実際の運用がそこに着地するかどうかは、別の問題です。
制度の設計と、家庭や現場で起きることの間には、いつもどこかズレがあります。今回もそのズレが生まれないか不安がありますし、できれば制度が動き出す前から考えておきたいところです。
実際、どうなるのか
では、この制度が実際に動き出したとき、学校現場では何が起きるのか。ここからは、少し掘り下げて近未来の予想をしてみます。


