新しい学校のカオス感がおもしろい

学校選びの話題で、ときどき登場するのが「伝統校か、新設校・新興校か」という対立です。
この話題が出てくるタイミングはたいてい決まっていて、新しい旗を掲げて注目を集め、実績もあげはじめた学校が、何かやらかす。すると「やっぱり伝統校のほうが安定していて…」という話になりがちなんですよね。そんな見方もわからなくはありません。
でも、新しい学校には、新しい学校ならではの魅力がある。
それが今回のテーマです。
このところ、新しい学校に関連したイベントが続きました。
ひとつは、新潟県の国際情報高校が、2027年春の国際フロンティア高校開校に向けて新たな出発を迎える、その記念イベント。私も登壇してきました。
国際情報高校は私の母校です。私は2期生なので、入学したときは先輩が1学年しかいない、できたてほやほやの学校でした。
新しい学校って、やっぱりカオスなんですよ。いい意味でも、悪い意味でも。
伝統校には、先輩たちが積み重ねてきた行事や、暗黙のルールや文化があります。でも、新しい学校には、そうした文化がまだ十分にない。学校も生徒も試行錯誤していて、自分たちも当時、何かをやっては先生に止められ、そこから調整や交渉が始まる。そういうことがありました。
もちろん、学校の方針に納得できず、反発が起きることもあります。ただ、それも含めて、自分たちが学校文化をつくる側に回れる。それは、なかなか得難い経験だったと思います。
冬の寮で、窓を開ける友人がいた
当時のことで妙によく覚えているのは、寮での生活です。
まだ「ほくほく線」がなかった当時、私は自宅のある十日町市から学校まで、片道1時間半ほどかけて通学していました。夏はまだいいですが、問題は冬です。新潟・魚沼地域の雪はとんでもない。そこで高校1年生の冬に寮に入ったんですね。
ところが、寮に入っても勉強はちっともはかどらない。見かねた担任の先生から「君は自宅から通ったほうがよさそうだね…」と、やんわり退寮を勧められ、結局、数か月しか寮暮らしはしなかったのですが、それでも、そこで起こった些細な出来事をよく覚えています。
たとえば、極寒の冬なのに、部屋の窓を開け放っている友人がいる。こっちは寒くて震えているのに、なんで窓開けてるんだよ、と。
部屋ごとに生活臭がまったく違うことにも気づきました。同じ寮で暮らしているのに、なんでこんなに部屋ごとに匂いが違うんだろう。不思議に思って、みんなでそれぞれの部屋の匂いを嗅ぎまわってみたりしました。今考えると、何をやってるんだって話ですけど。
自分にとって当たり前のことが、他人には当たり前じゃない。窓を開けるか閉めるか。部屋の匂い。生活の細かいところで、価値観は揺さぶられます。
話し合ってうまくいくこともあれば、違いを受け入れて、我慢しながらやり過ごすしかないこともある。その我慢の仕方を工夫するのも、共同生活の知恵だったりします。
たがいを尊重しようというきれいごとだけでやれるほど、共生は簡単じゃありません。折り合いをつけて暮らす。ときには話し合ってルールをつくる。さながら、小さな社会を自分たちで運営していくような経験でした。
他人と暮らす難しさは伝統校の寮でも同じでしょうが、新しい学校では前例そのものが少ないので、試行錯誤の連続です。それも寮だけでなく、学校全体で起きている。
それを面白がれる人もいれば、大きな負担に感じる人もいるでしょう。誰にでも向いている環境ではありません。それでも、正解のないことや、価値観の違う人と何かをつくる場面に向き合う経験には、大きな意味がある。そう思います。
そして、イベントの数日後、もうひとつ、新しい学校を訪ねました。
徳島県神山町にある神山まるごと高専です。
毎年足を運んでいる「まるごと祭」で、新しくできた学校文化が学外へと広がっていく様子を見ました。