車の事故で女性が男性の1.45倍重傷を負う理由
こんにちは、knockoutです。今日は少し意外な話から入ります。
自動車事故に遭ったとき、男性と女性では重症になる確率に差がある。そんな話を聞いたことはありますか?
先日、ある方とのミーティングでこの話題が出て、その場では「へえ、そうなんだ」と流してしまったのですが、妙に頭に残ってしまい、あとから調べてみました。
すると、これが本当に驚きでした。
命を分けるのは運ではなく “設計の基準” かもしれない
車の安全性を検証するために、壁に車を衝突させるクラッシュテストってありますよね。
歴史的にこのテストで使われるダミー人形の身長や体格が、平均的な成人男性をモデルに作られてきた、という指摘があります。
つまり、衝突時の衝撃や安全性の評価が女性の身体特性を十分に反映してこなかった可能性がある。
この前提がもし正しいなら、同じ条件の事故でも、女性のほうがケガをしやすい・重症になりやすい、という結果が出てくるのは不思議ではありません。
実際、国内外の複数のデータでそうした傾向が確認されています。
たとえば、日本の警察庁の交通事故データを分析した報告では、衝突事故などによる負傷率は、女性が男性の約1.45倍。さらに米国の研究では、20〜40代の女性は似たような条件で事故に遭った男性より死亡リスクが約20%高いという結果も示されています。
もちろん、原因は一つではありません。男女で乗る車種の傾向が違う、座る位置が違うなど、行動面の要因もあるでしょう。
ただ、少なくとも言えるのは、設計の基準が誰に最適化されているかによって、同じ事故でも“命の守られ方”が変わってしまう現実がある、ということです。
この話、なかなか考えさせられませんか。
国際ロボット展で目にした “女の子の離脱”
この話を頭の片隅に置いたまま、12/6(土)に東京ビッグサイトで開催されていた国際ロボット展に行ってきました。
私が参加したのは企業ブースのメイン展示ではなく、子ども向けの体験ゾーン「つくる☆さわれる国際ロボット展」のほうです。
ここがすごく良かった。
ものづくりを体験できるブースがあり、癒し系ロボットが集まるカフェゾーンのような空間もある。さらにロボット競技のデモ試合を行うステージもあり、まさに「未来の入口」という言葉がしっくりくるエリアでした。
そこで印象的だったのが、小さな女の子たちが本当にたくさんいたことです。幼稚園くらいの子もいれば、小学生の女の子も多い。目を輝かせながら癒し系ロボットに触れたり、工作をしたりする姿がたくさん見られました。
ところが。
年齢が上がり、小学校高学年〜中高生くらいの年代になると、女の子の姿が途端に減るんです。
ロボット競技のステージや、企業・大学が出している高度な技術展示のエリアに行くと、来場者の多くは男子、あるいは男性の大人。女性もいますが、男の子を連れたお母さんという構図が目立つ。10代半ば~後半の女の子の存在感は極端に薄くなります。
小さいころは確かに興味を持っているはずなのに、年齢が上がるにつれて離れていく。
その落差を、現場で強く感じました。
背景には、ものづくり分野を取り巻く環境や社会の中で共有されているイメージ、さらにはロールモデルの少なさなど、複数の要因が重なっているのでしょう。ただ少なくとも、小学校から中学校に上がるあたりに壁があるという感覚は、たしかに感じます。
そしてここで、冒頭の交通事故の話とつながってきます。
社会や技術の当たり前は、放っておくと、いつの間にか特定の属性を中心に形づくられてしまう。
設計や開発の段階で相当意識しないと、誰にとっても良いもの、誰にとっても良い社会はつくられにくい。つくる側に偏りがあると、そのまま使う側の「安全」や「アクセスのしやすさ」に跳ね返ってくる。
国際ロボット展を歩きながら、そんなことを考えていました。
フィジカルAIが生活に入るとき、つくり手の偏りはリスクにも価値にも跳ね返る
今、ロボットの世界はとてつもないスピードで変化しています。
注目されているのが、AIロボティクス、いわゆるフィジカルAIの領域です。
先日ニュースでも触れられていましたが、NVIDIA の幹部が「フィジカルAI関連の市場は50兆ドル規模になる」と語った、という話があります。規模感だけで言えば、世界経済の中心級です。
今回の国際ロボット展でも、ヒューマノイド(人型)ロボットの進化は目を見張るものがありました。階段を上る、物をつかむ、バランスを取る。数年前までロボットが苦手とされていた動きが、滑らかにできるようになっている。もはや特別なデモではなく、実運用が見える段階に来ている。そんな印象です。
ロボットが生活の中に入り込む未来は、もう射程に入っています。
そして重要なのは、ロボットが生活の一部になるということは、恩恵もリスクも、私たち全員が引き受けるという点です。AIを搭載したロボットは、物理的・身体的なリスクだけではなく、コミュニケーションや意思決定の領域にも入り込んできます。つまり、影響は精神面にまで及び得る。
だからこそ、求められるのは、誰にとっても安全で、誰にとっても快適で、誰にとっても使いやすい。そんな設計・開発です。
もしここで設計や開発をする側に極端な偏りがあると、かなり危ない。
ある属性の人が少ない、特定の文化背景や価値観の人ばかりがいる。そうした偏りは、そのまま使う側にとっての「危険」や「使いづらさ」につながります。
そして、これはリスク面だけの話ではありません。
価値創造の面でも同じです。
多様な視点が入ることで、「こうしたらもっと便利だよね」「こういう使い方も想定できるよね」という発想が生まれ、商品価値が跳ね上がる。いわゆるユニバーサルデザインの発想は、倫理だけでなく、競争力にも直結します。
つくり手の偏りをなくすことは、安全のためであると同時に、経済合理性にもはねかえってくるのです。
女子がニュートラルに選べる入口をつくれるか
振り返って現状を見ると、ロボットに関連する機械・電気・情報などの分野は、世界的に見ても女性比率が低い領域です。そして残念ながら、日本はその中でもひときわ偏りが大きい国だと言われています。
もちろん、進路選択や職業選択は自由であるべきです。
男であろうと女であろうと、学びたいことを学ぶのが一番いい。その結果として分野に偏りが生じること自体は、ある程度仕方がない面もあるでしょう。
ただ、今の段階で「AIロボティクス分野を選ばない/選べない」ことの背後に、構造的な課題が積み重なっているのだとしたら話は別です。
小学校中学年くらいまでは女の子も関心を示している。実際、国際ロボット展ではワクワクしている女の子がたくさんいました。にもかかわらず、中高生年代で離脱が起きるのだとしたら、その“壁”を放置するのはもったいないと言わざるを得ません。
中学に上がるタイミング、あるいは、高校生年代。その時期の女子生徒が、少なくとも「この分野は自分には関係ない」と可能性を閉ざさず、進路の選択肢の一つとしてニュートラルな気持ちで眺められる状態をつくることができたら。そしてそれはどうやったら実現可能なのか。
国際ロボット展の帰り道、そんなことを改めて考えさせられました。
技術が社会に深く入り込むほど、「誰が作るか」は「誰が守られるか」や「誰が使いやすいか」に直結します。だからこそ、多様性はキレイゴトではなく、設計の条件であり、未来への責任だと思っています。
※ この記事は、2025年12月9日の Voicy「#360 車の事故で女性が男性の1.45倍重傷を負う理由」を元に構成したものです。
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