円安・物価高が子どもたちの海外挑戦を奪っている

「世界への切符を手にした。なのに、行けないかもしれない」。そんな理不尽な現実に直面している中高生たちが、今、確実に増えている。
knockout 2026.03.23
誰でも


ここ数週間、中東情勢が緊迫しています。ペルシャ湾一帯が不安定になっており、世界の原油の約2割が通過するといわれるホルムズ海峡の輸送が滞り始めています。

日本は原油の中東依存度が非常に高い国ですから、これ以上の円安・物価高が進むだろうと指摘する声は少なくありません。社会生活全般に打撃が及ぶのはもちろんのこと、子どもたちの教育現場にも深刻な影響が出てくるだろうと懸念しています。

現時点でもすでに円安・物価高はかなりの水準です。それがさらに一段と悪化するとなれば、子どもたちへの影響はいっそう大きくなってしまいます。

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国内大会を制しても、世界大会に行けない


円安・物価高の影響がもっとも顕著に現れる教育現場は、海外挑戦・海外交流ではないでしょうか。留学や海外研修だけではありません。科学技術コンテストやSTEAM系の国際大会でも、同様の問題が起きています。

端的に言うと、「国内大会を勝ち抜いたのに、世界大会に行けない」というケースが、私の見聞きする範囲でもリアルになりつつあります。


わが家も長男が中高時代にロボットの課外活動をしていました。当時、世界大会に出場することになっても遠征費用はおおむね20万円台に収まっていたと記憶しています(残念ながらコロナ禍によってその夢は絶たれてしまいましたが)。

ところが今はどうかというと、あらゆる費用が軒並み上昇しています。航空券・宿泊費・現地での食費など、場合によっては2倍どころでは済まないケースもあります。1回の世界大会出場にかかる自己負担が50万円、60万円というのは、今や珍しくない金額感になってきました。


多くのチームがスポンサー集めやクラウドファンディング(クラファン)に奔走していますが、全額を賄えるケースはほとんどなく、最終的には自己負担が残ります。しかもその金額が確定するのは、クラファンが終わるまで分からない。子どもが素晴らしい成果を出して「世界への切符」を手にした喜びも束の間、その直後に「自己負担が50万円を超えます」という現実が押し寄せてくるわけです。


50万円、60万円という金額は、私立中学・高校の年間学費にも匹敵するほどの額です。突然の出費としてポンと出せる家庭は、そう多くはないでしょう。

さらに問題を複雑にするのが、チーム競技のケースです。チームメイトの家庭は費用を用意できても、自分の家庭では難しい。そういう状況が生じかねません。すると、全員で行けないからという理由で、出場を辞退せざるを得なくなることもありえる。


お金の問題で子どもの夢を叶えてあげられない。これだけでも辛いのに、仲間の夢まで断ち切ってしまうかもしれない。そんな引け目を子どもに背負わせてしまうことになる。そこまで想像すると、この問題の残酷さがいっそう際立ちます。

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世界大会に出ることの、本当の価値


ここで少し視点を変えて、国際大会で海外挑戦することがどんな価値をもたらすのかを考えてみたいと思います。

「国内の仲間と切磋琢磨すればそれでいいのでは」という意見もあるでしょうし、そのこと自体は否定しません。競技力を高めていくうえで、国内の裾野を広げてコミュニティ全体のレベルを上げていくことは基本的な戦略です。


ただ、世界大会には国内大会とはまったく異なる次元の価値があると、私は考えています。

文化も言葉も違い、受けてきた教育も価値観も異なる同世代と本気でぶつかり合うことで、「上には上がいる」ことを頭ではなく体で知る経験ができます。

それだけではありません。思わぬ場面で国民性は表れるものです。課題に直面した際、すぐ特定して解決・改善に向かおうとする日本のチームに対し、「なんとかなるだろう」とのんびり構える国民性のチームがあったり、ライバルチームが困っていたら敵であるにもかかわらず手を差し伸べるフェアネスの文化を持つ国があったりする。異文化を目の当たりにすることによって気づく、自分たちの強みや弱み、特徴があるはずなのです。


ひとつ、エピソードがあります。

昨年、国際ロボコンの世界大会に参加した高専生に「現地でいちばん印象的だったことは?」と聞いてみたところ、こんな答えが返ってきたのです。

「突然、ステレオをもったギャルが整備場に現れて、工作機械の前で大音量で音楽を鳴らしながら金属加工を始めた。カルチャーショックを受けた」

ロボットといえば日本では“男子の世界”というイメージがまだ強いですし、どちらかといえば真面目な子が多い印象があります。そんなイメージを、海外の現場は軽やかに超えてくる。こうした経験は、その後の人生観や進路選択に大きな影響を与えると思います。

※あくまでもイメージです

※あくまでもイメージです


海外挑戦がもたらすのは、行った子だけへの恩恵ではない


もう一つ、ふれておきたい重要なことがあります。

海外に挑戦して帰ってきた生徒がもたらす影響は、その生徒本人だけのものではない。これは国際交流に力を入れている学校の先生方がよく口にすることばです。

海外研修に選抜された生徒が現地でさまざまな刺激を受けて帰ってくると、その空気感が学校全体に広がっていくというのです。向こうの学校で取り組んでいたことを自分たちの学校でもやってみようと同好会を立ち上げたり、「あいつ、なんか変わったな」「すごいことやってきたな」という雰囲気が生まれ、周囲の生徒も「自分も挑戦してみたい」という気持ちになる。現地に行った生徒が成長することはもちろんだが、その生徒が学校に持ち帰る影響のほうが学校全体にとっての最大の恩恵かもしれない、とおっしゃることさえあります。


「海外の風」「外の文化」をコミュニティに持ち帰る生徒の存在によって、学校全体が変わっていく。海外挑戦とは、文化を刷新していくことでもあるのです。

これを学校単位ではなく、もっと大きな視点で見るとどうなるか。全国各地の高校にそうした生徒が増えれば、その恩恵を受ける周囲の子どもたちの数も飛躍的に増えます。全国規模で学校文化の刷新が起こることが期待できるのです。


こうした観点からも、今の円安・物価高によって海外挑戦が途絶えがちになっている状況は非常に危険だと感じますし、なんとか乗り越えていかなければならないと強く思います。

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挑戦の文化は、連続してこそ根づく


挑戦の文化・気風というのは、挑戦する子が途切れなく出続けることで根づいていくものです。

以前、「トビタテ!留学JAPAN」のプロジェクトディレクター・荒畦悟さんにお話を伺ったことがあります。

荒畦がおっしゃるには、まず【0を1にする】こと、つまり、その地域やその学校で初めて海外に出る「ファーストペンギン」を生み出すことが、ひとつ目の大きな関門だということ。これは直感的にも理解できます。

そしてもうひとつ強調されていたのが、「1をつくっただけではダメで、毎年連続して送り出し続けなければ意味がない」ということでした。そうでないと、ある年だけ突然変異的な変わり者が一人現れただけになってしまって、それで終わってしまう。1から3へ、しかも連続した3をつくっていくところに次の大きな階段があり、そこを乗り越えることがとても重要なのだと。


一度途切れてしまうと、再起動するのはとても難しいものです。「文化や気風は一度できたらゼロには戻らない」とも言いますが、実際はゼロどころかゼロ以下になることだってある、と私は思っています。

今まさに吹き荒れている、海外挑戦・国際交流への逆風。ここで急ブレーキがかかってしまうと、コロナ禍後、回復傾向にあったものが再び崩れ去ってしまいます。この局面でこそ、手を打っていかなければならないと感じています。

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クラウドファンディング依存からの脱却


では、この壁を乗り越えるためには何が必要なのでしょうか。

個人的には、クラファンによる資金調達に頼りきる状況から、そろそろ卒業しなければならないと考えています。クラファンそのものがいけないのではありません。資金調達をクラファンに依存している構造が問題なのです。


今、どの競技も、どのチームも、クラファンに挑戦しています。ただ、毎年ゼロから集め始めるため、支援がその年の単発で終わってしまいます。そして、毎年毎年「お願いします」と繰り返していると、支援する側にも飽きが生じてしまいます。「また今年もやってるのか」という感覚になり、新鮮さが薄れていく。

また、あちこちで同時並行的にクラファンが行われると、どれを支援すればいいかわからなくなるのも事実です。こちらを支援して、あちらを支援しないのは申し訳ない。そうした後ろめたさを避けるために「どれも支援しない」という選択をしてしまう人も出てくるかもしれない。「クラファン疲れ」とでも言うべき状態が、今まさに起きているように感じています。

ここで解決策のヒントになりそうなのが、神山まるごと高専が取り組む「寄付金を使い切らず、運用益で支援し続ける」仕組み、いわゆるエンダウメント型基金です。

通常の寄付は、その年の活動に使われて終わりです。しかしこの仕組みでは、集まった寄付金をまとめて「基金」として保有し、それをマーケットで運用して、その運用益で継続的に支援を行います。

神山まるごと高専の奨学金基金が完成 全学生を対象に、学費無償の私立学校が実現 〜11社の企業が参画〜|神山まるごと高専

神山まるごと高専の奨学金基金が完成 全学生を対象に、学費無償の私立学校が実現 〜11社の企業が参画〜|神山まるごと高専


神山まるごと高専では、この仕組みによって年間学費をすべて賄い、授業料無償化を実現しています。同様の発想は、10兆円規模のファンドを原資として採択大学に継続的に助成する国際卓越研究大学制度にも見られます。

一時的な支援ではなく、継続的に支え続けるための基盤をつくること

この必要性と重要性は、中高生の海外挑戦の文脈でも各所で語られており、志を同じくする人々がつながりはじめる気運も生まれつつあります。私もそのような動きに微力ながら貢献できればと思っています。

ただ、こうした構造的な変革は半年や1年で実現できるものではありません。構造を変えていく取り組みと並行して、今まさに目の前で挑戦し困っている子どもたちを応援することも同じくらい大切です。

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今、挑戦している子どもたちを応援したい


今まさに挑戦の入り口に立っている子どもたち。
その一例として、現在、私が応援しているチームをご紹介します。


中高生の国際ロボコンチームBig Dippersです。

世界最大級のロボティクス競技大会「VEX V5 RC」の国内大会を制し、日本代表として世界大会への出場権を獲得したチームです。昨年も世界大会に進出しましたが思うような成果が得られず、今年はリベンジを誓って再挑戦しようとしています。

行き先はアメリカ。物価の高いアメリカへの遠征・参加費等を合計すると、チーム総額で約280万円かかると試算しているようです。


現在、CAMPFIREというプラットフォームで支援を募っています。どんなチームなのか、どんな挑戦をしているのか。気になった方は、ぜひ一度のぞいてみてください。


おわりに


科学、技術、スポーツ、芸術、ありとあらゆる分野で、今、若者が外に目を向けて海外に挑戦しようとすると、「お金の壁」にぶつかります。

海外に挑戦する若者を、社会としてどう支えていくか。

これが、今、大人に突き付けられている大きな問いです。


世界に挑戦する子どもたちは、彼ら自身の成長だけでなく、日本に「海外の風」「外の文化」を持ち帰る存在でもあります。その挑戦を継続的に応援していく流れを、もっと大きなうねりに変えていきたい。そのために、私自身もできることからはじめていきたいと思っています。

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※ この記事は、2026年3月17日の Voicy「お金の問題で夢が断たれる…中高生を待ち受ける海外遠征の厳しい現実」を元に構成したものです。

「教育の明日をよむ」では、教育トレンドや教育ニュースをきっかけに、子どもたちの学びや進路をどう考えるか、あとから振り返れる形で少しずつ整理しています。

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