高等教育の危機!? 大学生の学習時間減少
先日、読売新聞に気になる記事が掲載されました。
有料記事のため詳細には触れられませんが、文部科学省が9月に公表した「全国学生調査」の2024年度の結果をもとに、日本の大学生の学習実態について問題提起を行う内容でした。
調査が示しているポイントを整理すると、次のようになります。
日本の大学生は授業には出席しているものの、予習や復習にあまり時間をかけていない。 それに伴い、自主的な学習時間も短い。 週6時間以上学習している学生の割合は32%で、前回調査(37% / 2022年度)、前々回(43% / 2021年度)から一貫して減少している。
背景にはさまざまな要因が考えられます。 コロナ禍で増えていたレポート系の自主学習課題がその後の対面授業回帰によって減ったのかもしれません。また、文系学部を中心にいまだ大人数講義が多いといった構造的な問題も記事では指摘されています。
数百人規模の講義では、頻繁な課題提示や丁寧なフィードバック、授業内でのディスカッションなどはどうしても成立しづらい。その結果、予習や復習を前提とした授業設計も難しくなり、学びが浅くなってしまう。こうした傾向が長年続いている、というわけです。
雑に要約すれば、「授業には出ている。でも、学びの厚みが十分ではない」。 そんな姿が浮かび上がってきます。
今回はこのニュースをきっかけに、大学の学びは本来どうあるべきなのか、という点について、少し考えてみたいと思います。
「最近の大学は厳しい」はずなのに、なぜ学習時間は減っているのか
私はいま40代ですが、自分たちが学生だった頃、大学は「レジャーランド」と揶揄されることも珍しくありませんでした。
授業に出なくても、要領よく立ち回れば進級・卒業できる。正直に言えば、私自身も授業にほとんど出なかった時期があります。
ところが近年、SNSなどを見ていると、大学教員の方々が「いまの大学は昔より課題も多く、出欠も厳しい」と発信しているのをよく目にします。
そんななかで示された今回の調査結果。
正直、違和感を覚えませんか?
「おいおい、最近の大学は厳しくなったんじゃなかったんかい!?」
「授業には真面目に出席しているかもしれないけど、授業外の主体的な学習時間はむしろ短くなってんじゃん!?」と。
つまり、「大学が厳しくなった」という教員側の実感と、「学生の学習時間が減っている」という実態とのあいだには、明らかなギャップがある。
ここから見えてくるのは、授業に出席すること自体が目的化し、本来あるべき【学ぶ】という行為が薄くなっている可能性です。
英国の大学に通う長男の話から見える、もう一つの大学像
ここで少し、私の長男の話をさせてください。
彼はいまイギリスの大学で理系学部に在籍し、3年生になります。