体験して、終わる。それでいいのか問題

理系教育の拠点整備が進みそうです。体験する、接続する、越境する。学びが深まるまでの3つの段階とそこに潜む課題。さらには、個人的に気になっていることについて。
knockout 2026.06.22
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6月5日、読売新聞にこんな記事が出ました。

文部科学省が、小中高生の理系教育に取り組む拠点を全都道府県に整備する方針を固めた、というものです。今後5年をめどに、全国の大学や高専を対象に公募し、選ばれた拠点には年間5000万円規模の補助金を出す。専門性の高い実験指導や学会発表の機会、大学教員による出前授業などの取り組みを組織的に支援していく、という内容でした。

X(Twitter)のタイムラインでも結構話題になっていまして、なんだか急に新しい話が出てきたな、と感じた人もいたかもしれません。

しかし、この話自体は国の科学技術・学術審議会の人材委員会で前々から議論されてきたことでした。その会議で示されている大きな課題意識は以下の3点。

  • 研究者の数が他の先進国より少ない、

  • だから教育段階からテコ入れが必要

  • 研究者に占める女性の割合も低い

今回のニュースは 2.に対応する解決策となっています。

小中高生向けの理系教育拠点をつくる動きは、2023年度から「次世代科学技術チャレンジプログラム」、略して STELLA という名前で、すでに始まっています。小中学生向けの「ジュニアドクター育成塾」と、高校生向けの「グローバルサイエンスキャンパス」という、別々の事業だったものが統合されて、今の STELLA になりました。実施機関がまだ少なく、都市部に集中している面があったため、今回の方針で全国に広がっていくことは、悪い話ではないと思っています。批判的な声もいろいろ見かけましたが、今日はそこには触れずにおきます。

それより私が気になっているのは、もう少し手前の話です。

***


学びが深まる3つの段階


理系教育プログラムを通して子どもが育ち、ゆくゆく科学技術人材になっていく。そのプロセスって、どんな段階を踏んでいくものだと思いますか。私はずっと、3つの段階に分かれていると考えています。

①体験する

第1段階は「体験する」。外の世界に触れて、視野を広げる段階です。単発のワークショップやイベントを通じて、子どもがまだ知らなかったテーマや活動に出会い、自分の興味関心の輪郭に気づいていく。楽しかった、面白かった、これが入り口です。夏休みが近づくと、子ども向けのイベント情報がたくさん流れてきますが、あれもこの段階のものだと捉えています。

②接続する

次にくるのが「接続する」。ここがけっこうポイントだと思っているところです。体験イベントでも、学校の授業でも、習い事でも何でもいいのですが、外で得た刺激を自分の文脈に引き寄せて、意味づけしていく段階。体験を、ただ楽しかったで終わらせず、対話や振り返りを通じて、自分にとっての意味や物語として再構築していく。探究の芽にしていく段階です。


で、この段階を現状担っているのは、主に家庭なんですよね。

「今日どうだった?」
「何が面白かった?」
「どうしてだと思う?」

こうしたやりとりを通して、子どもが体験したことを一緒に意味づけていく。ここが薄いと、体験は体験のままで終わってしまう。

「たくさんイベントに連れていったのに、何も残らなかった」という感覚に覚えがある方、いませんか。興味関心の軸を探すために、あれこれ手を出すことは悪いことだとは思いません。でも、いくら体験を重ねても、その状態に留まるのだとしたら、この「接続する」の部分が弱い、ということなんだと思います。


うちの長男が小学校の中学年になったころ、まさにこれをやってしまったな、と思うことがあります。低学年のときから続けていた習い事を、特に見直さないままそのまま継続していました。学年が上がって、学校で過ごす時間が長くなり、宿題も増えて、忙しくなった。そうすると、習い事もイベントも、いつのまにか、こなしていく“タスク”になっていたのです。

親のほうも日々を取りまわすことに精いっぱいで、長男との会話が「今日の宿題は」「明日の準備は」といった、報・連・相ばっかりになっていき、気がつけば、何が面白かったとか、何にひっかかったとか、そういう豊かな会話がすっかり消えてしまっていました。

さすがにこれはまずいなと思って、習い事を整理したんですけど、これ、うちに限った話じゃなくて、結構どこの家庭でも起きうることなんじゃないかなと思うんですよね。

世の中はずいぶん豊かになって、子ども向けの機会もたくさん増えた。でも、詰め込んだ結果、忙しさの中でその機会が「こなすもの」に変わってしまった瞬間、自分の好きなことや得意なことが深まっていく回路がふっと閉じてしまう。教育に熱心な家庭ほど、起こりやすいことかもしれません。

③越境する

そして第3段階「越境する」。第1段階の「体験する」と第2段階の「接続する」は、実はひとりの世界・ひとつの家庭で完結できてしまうんです。ひとりで体験して、家庭で深めて。でも人間、ずっと閉じた環境でやっていくと、どこかで成長の踊り場にさしかかる。壁にぶつかって、先に進めなくなる段階がくる。だから仲間やメンターのいる場に踏み出していく必要があります。

これが第3段階で、私はこれを「越境する」と呼んでいます。コミュニティに参加することで、自分の関心や問いを他の人と交差させ、ひとりでは到達できなかった視点や挑戦、成果へと広げていく。STELLAやSSH(スーパーサイエンスハイスクール)のような場、あるいは民間の探究コミュニティ、学校の外で出会う大人や仲間なども、ここに含まれると思います。


で、実はここにもうひとつ、大きな問題があると思っていて。

ちょうどこの間、憲法学者の木村草太先生がXで次のような主旨の投稿をされていました。

「この(STELLAやSSHのような)プログラムに出会えた幸運な若い人たちが、その環境を活かして研究できたのは良かった」
「でも、そうしたプログラムと出会えるかどうか自体が、もうすでに不平等だ」

まったくその通りだと思いました。


私のニュースレターを読むくらい教育熱心な方であれば、たぶん心配はいらない。でも世の中には、親がそこまで制度を知らない、先生もそこまで詳しくない、そういう環境で学んでいる児童生徒だってたくさんいるわけです。

情報格差なのか、地域格差なのか、家庭環境の格差なのか。原因はいろいろあるのだと思いますが、プログラムの存在を探そうとまず思えるかどうか。そこに気持ちが向くかどうか。そのはじめの一歩を踏み出すところに、最初にして最大の壁があると、私は思っています。

だから、国が理系拠点を全都道府県に広げる方針には、もちろん意味があります。でも、実施機関や機会を用意するだけでは終わらない話で、「こんなことをやっていますよ」という情報をどう子どもたちや家庭に届けるか、その届け方も一緒に考えないと、結局、意欲や能力がもともとある子だけが来る、というかたちになってしまう可能性がある。国としても教育委員会などを通じて周知を図るとは書いてありましたが、それで一体どれくらい効果が出るんだろう、というのは正直感じています。

***


体験するための機会は増えている、けれど


「体験する」ための機会は増えています。「越境する」ための拠点も、これから全国に広がっていきます。けれど、その間をつなぐ「接続する」の部分と、そもそも体験や越境をする場につながれるかどうかは、制度だけではどうにもならない気がしています。

このあたり、ご自身の家庭や、関わっている現場に置き換えてみると、どうでしょうか。


最後に、今、ちょっとだけ気になっていることを書き残して終わりにします。

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