私立高校無償化で、公立高校は空洞化するのか

前回の記事、【「理系5割」政策が見落としている、本当の問題 】。
この元となった音声配信に、こんなコメントをいただきました。
いつもためになる発信をありがとうございます。私立高校無償化は文理比率是正を阻む政策ではないでしょうか。政治的背景もありますが、国の中でも方針がブレていると感じます。
これは非常に重要な指摘だと思っています。
今回の記事では、この「国の方針がブレているのではないか」という問いと正面から向き合いたいと思います。
一点だけ補足しておくと、今回は大学の理系の話ではありません。高校の専門学科、つまり工業科・商業科・農業科・福祉科・看護科といった職業学科の話です。
今、公立高校に何が起きているのか
ちょうど受験シーズンということもあって、最近こんなニュースをよく目にするのではないでしょうか。
「公立高校の倍率が落ちている」
「定員割れが広がっている」
ニュースをざっと調べてみると、静岡では全日制の高校倍率がほぼ1.00倍。福岡では過去最低を更新し、宮崎では0.73倍という数字まで出ています。大阪では、すでに半数近い学校が定員を割り込んでいるといいます。
この要因の一つとして指摘されているのが、今回のテーマである「私立高校授業料の実質無償化」です。
もちろん他の要因もあるでしょう。少子化による子どもの数の減少や、一般入試と推薦入試の比率の変化なども影響しているのだろうと思います。ただ、2026年度から全国で実施される予定のこの施策が、公立高校の志願状況に負の影響を与えているという指摘は、さまざまな関係者から上がっています。
影響はあるだろうという感触、そして、その影響の大きさはまだ測りきれないというのが、現時点での私の受け止めです。
専門学科は、構造的に公立が担っている
ここで、一つ重要な前提を確認しておきたいと思います。
文部科学省のデータによると、現在、専門学科に在籍する生徒は全国で約48万人。高等学校在籍者数は約287万(令和7年度学校基本調査)ですので、高校生のおよそ6人に1人が専門学科の生徒ということになります。
そして、その内訳を見ると、公立の専門学科が約41万人に対し、私立はわずか約7万人。割合にすると、私立の比率は全体の約15%にすぎません。
さらに細かく見ると、工業系・商業系ともに私立割合は1割台。農業系にいたっては、ほぼすべてが公立です。広い農地が必要で設備費がかかる農業教育は、私立には採算上難しいのでしょう。
つまり、専門高校・専門学科という機能は、構造的に「公立が担うもの」になっているのです。これはとても重要なポイントです。

私立高校無償化が専門学科を不利にする、3つのメカニズム
では、私立高校授業料の実質無償化によって、具体的に何が起きるのでしょうか。
① 授業料の差が縮まる
当然ですが、国から補助が出る分、私立と公立の授業料格差が縮まります。補助には上限があるため、完全に差がなくなるわけではありませんが、私立の授業料の高さという壁が低くなるのは間違いありません。
そうなると、同じお金を払って高校に行くなら、施設がきれいで、設備も充実していて、部活動や課外活動が豊富な私立高校を選びたいという気持ちが生まれるのは、自然なことだと思います。
②「まだ決めなくていい」という心理
多くの専門学科は、偏差値表で見ると、中位からやや下位に位置することが多いです。たとえば、同じくらいか少し上の偏差値帯に私立の普通科があるとします。そのとき、授業料格差が縮まった状態では、家庭はこう考えてもおかしくない。
「同じくらいの学力帯なら、普通科の方が卒業後の選択肢が広いんじゃない?」
これは合理的な見解です。専門学科はその分野にコミットする必要がありますが、普通科であれば、3年間かけてやりたいことを探せる。大学進学の段階まで進路の決定を先延ばしできます。
テクノロジーが好き、農業が好き、生き物が好き…と思っていても、「15歳の段階で本当に決めていいのか?」という迷いは、あって当然だと思います。
③ 入試時期の問題
そして、ほとんどの地域で、私立高校のほうが公立よりも先に決めやすい日程になっています。早く受験が終われば、それだけ早く精神的な安心を得られます。単願推薦などで進学先が早期に決まれば、複数校を受験しなくて済むため、結果的に受験費用の節約にもなります。私立高校への進学が現実的な選択肢になると、この「早く決められるメリット」も一気に効いてきます。
このように、私立高校授業料の実質無償化は、授業料格差を縮めるだけでなく、心理的・時間的なコストもまとめて引き下げます。出願費用を圧縮することもできます。受験生本人にとっても保護者にとっても、これは無視しづらい引力です。
国の方針、矛盾してない?
冒頭でご紹介したERさんのご指摘に戻ります。
国は「専門人材が不足する。地域産業や社会インフラを担う人材が必要だ」と言っています。そしてその人材を育てているのは、公立の専門高校・専門学科です。
一方、その裏では、私立高校の実質無償化を進めている。これは先ほど見てきた通り、私立普通科を相対的に有利にするメカニズムを生み出します。公立高校の、とりわけ専門学科が不利になる構造を生み出すのです。
これは、制度の方向性として真逆のことをやっているとも言えます。アクセルとブレーキを同時に踏んでいる状態です。
この矛盾に対する批判が上がっても仕方のない状況になっていると思います。個人的には、この点はもっと丁寧に議論すべきだとずっと感じています。

「普通科がデフォルト」を疑ってみる
では、こうした状況を、家庭としてはどう受け止めるべきでしょうか。
私立が悪いとか、普通科が良くないと言いたいわけではありません。ただ、「普通科に行くのがデフォルト」という認識が、いつの間にか強まっていないか。それを一度立ち止まって考えてみてほしいのです。
中学受験と高校受験はよく比較されますが、高校受験の最大のメリットは「多様な選択肢がある」ことだと思っています。それは単にいろんな校風の学校があるという意味ではなく、専門性のあるコースを選べるということです。
専門学科には9つの分野があります。農業・工業・商業・水産・家庭・看護・情報・福祉、そしてそれ以外(スポーツ、芸術、アニメなど)。さらに最近では「地域みらい留学」のような制度もあり、自分の地元以外の地域で専門分野を学ぶこともできます。たとえば、地元に海がなくても、別の都道府県の高校に行けば水産を学べる。これは高校受験のタイミングにしかない選択肢です。
学校には偏差値だけでは測れない魅力があります。「好き」や「得意」を軸に選んで、その軸に応じたスキルを積み上げられる。それが高校受験で進路選択をする最大の強みだと、私は思っています。
今、さまざまな制度の変化の中で、無意識に「普通科がいい」という方向に流されている面もあるかもしれません。それは制度に誘導されている部分もあります。進路選択の主導権は、制度ではなく自分たちが持っていい。そのことを、ぜひ思い出してほしいのです。
公立再編が、専門学科を強くする可能性
ここまで、私立高校無償化が公立高校に与える負の側面を見てきました。ただ、もう一歩踏み込んで考えると、この流れが専門学科にとってプラスに働く可能性も見えてきます。